セントエルモの献火

腿を穿ったのは記憶であった

焼き潰された名だけを杖にして

かえりたい、と願った

だれかの

夜気のつめたさに痛む指先が

独り、人間を叫んでいる


「海路は東へ進んだか」

「まだだ、まだ怖い」

「もうすぐ此方へ着きそうか」

「まだだ、まだ遠い」

問答はいつも嗚咽に変わり

枯れた喉をかろうじて潤した


旅人の火よ

悲よ

碑よ

どうか共に在り続けるよう

その道が

醜いことを

悍ましいことを

美しいことを

尊いことを

我等が愛しめる様に

夜に産まれ

朝を見たいと願った

舟が

月に

迷わぬ様に

今は黒く

足元を揺るがす波が

白い丘に

変わるまで



夜を掻き分ける

舟の舳先に

星によく似た

火が

灯った


青と檸檬

入透のブログ型詩集です。

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